変身


        
 随分意味のない事をしてきたけど、一番無味なのは産まれてきた事そのものだ。
 たいていの事は我慢できる。
 幼い頃から受けてきた回りからの冷たい視線も、僕が少し他人と違うからといって逃げていった奴らも、どうでもいい。
 退屈だ。
 何が変わるわけでもなく、日々延々と続くこの腐りそうな生ぬるさが何よりも僕を苛立たせる。
 教室・・・。
 変わらない面々。
 何が楽しくて毎日同じ場所に、同じ時間に、同じ服を着て集まって来るんだろう。
 どの顔を見ても同じ。
 そう、きっと僕も同じような顔をしているんだろうな。この額のアザさえなければ。
 
 「起立、礼」
 僕は生まれてからの17年で、人と関わらないためには流れに逆らわない事だということを学んだ。
 気に入らないこの儀式も、くだらない授業も、僕は我慢する。
 教室は静まり、担任の教師がいつものように出席をとりだす。
 「浅井君、伊藤君、井上君・・・」
 僕は他人には興味が無い。
 「川瀬君、木下くん・・・あれ、木下君は?誰か見てない・・・」
 突然、教室のドアがけたたましく開いた。
 瞬間、教室にいた全ての人間が絶句した。僕も含めてだ。
 そこに立っていたのはグロテスクな怪物だった。
 全身に液体をぬめらせ、巨大な顔の中に一文字に裂けた口。触手のような物が数本延びていて、その胴体の中心には・・・顔?
 「き、・・・木下君!」
 女子の一人が叫ぶと、室内は騒然とした。
 確かにその胴体の中からめりだした顔は木下の顔だった。
 「・・・ち、遅刻しました。」
 化け物はそう言うと、平然と木下の席に向かい、座った。
 まわりの連中はいっせいに壁際に離れ、教室の真ん中に穴が開いたようになった。
 「・・・木下君、どうしたの?・・・それ」
 担任がおそるおそる口を開いた。
 「それが、目が覚めたら何かこうなっちゃってて・・・でも別になんとも無いんで、大丈夫です。」
 カフカかよ!変身かよ!ていうか大丈夫じゃないだろ。
 誰もがずっと続くと疑わなかった平穏が、この日明らかに崩れた。


 その日から、学校に行くのが苦痛じゃなくなった。
 額の小さなアザのせいだけで化け物扱いされていた僕よりも、もっとわかりやすい化け物が現れたおかげだ。
 木下は平気な顔で登校を続けたが、まわりは反応に困っていた。
 「今までどおり、木下君と接してあげてください」
 担任はそう言ったが、普通に接するにはその容貌はあまりにグロテスクだった。
 木下が誰かに話しかけようとすると、そいつは逃げていく。
 触手のような手が伸びると、ちいさな悲鳴があがる。
 そんな光景が僕には愉快だった。
 それは僕が受けてきた仕打ちと同じだったが、なにしろスケールが違う。
 木下は孤立していた。

 下校途中の堤防沿いで木下を見つけた。
 川辺で座り込んでいた。容姿が容姿だけに間抜けな光景だった。
 「おい、木下」
 僕は声をかけた。
 「なんだ、真嶋か」
 「なんだはないだろ、声かけてやってんだから。みんなお前の事気味悪がってるぜ」
 「知ってるよ。お前に言われたくないけどな」
 化け物の木下は川辺を見つめていた。悲しげ目をしてるんだろうが、触手が邪魔で見えない。
 「この間まで化け物はおまえの方だったのにな。」
 一瞬ムカッときたが、まぁ許そう。今となってはこいつは哀れな化け物だ。
 「こんなアザ、お前のそれとは比べ物にならないよ」
 「はぁー・・・」
 木下は大きくため息をついた
 「そうだよな・・・なんでこうなっちゃったのかな」
 「まぁ、そう気を落とすなよ。生きてればいいことあるって。」
 自分がこんな風にひとを慰めるなんて思いもしなかった。
 木下は僕が生まれてはじめて出会った、自分以上に気味が悪い生き物なのかもしれない。
 「お前に言われたらおしまいだよ」
 遠くでパトカーのサイレンが聞こえた。
 夕焼けの堤防で、僕とこの怪物に奇妙な連帯感が生まれかけていた。

 夕食はコンビ二の弁当だ。父はいない。母も夜の仕事であわただしく出かけるところだ。
 「木下君、聞いたわよ。お気の毒にね・・・」
 母は腕時計をはめながら思い出したようにつぶやいた。
 現物を見てない人間の反応は気楽なもんだ。
 「・・・」
 母とはもう何年も口を聞いていない。
 一方的な会話も随分板についているようで、独り言のように母は話す。
 「さっき、警察が来て引き取っていったって。どっかの研究所にでも連れて行かれちゃうのかしらね。親御さんもお気の毒に・・・」
 なんだって!木下が警察に?
 考えてみれば自然な流れだ。あんな怪物を警察が放っておくわけが無い。
 夕方のあのサイレン。あの時に気づくべきだった。
 木下がいなくなったら、また僕が怪物の役割に逆戻りだ。
 僕は家を飛び出した。
 木下の家は知らない。どこに連れて行かれたのかも知らない。
 でも走るのをやめなかった。
 またあの退屈な日々に逆戻りなんて。無言だが確かに感じる、あの気味の悪いものを見る視線を、また受け続けなくてはならないなんて・・・。
 僕はあても無く走り続けた。


 翌日、その不安は消え去った。
 クラスの半分が木下と同じ怪物の姿になっていたからだ。
 っていうか、何だこれは・・・
 学校の教室とは思えない光景。化け物がひしめき合い、あちこちで触手がうごめき、胴体からめりだした顔がいつもと同じようなテンションで会話をしている。
 「やだー、ユカもなっちゃったの?」
 「あ、見て見て、川瀬くんもだよ。よかったねユカ」
 「ちょっと、ナニ言ってんのよ。からかわないでよ」
 異常だ・・・。
 怪物にならなかった残り半分の連中は片隅においやられ、中には耐え切れずに泣きながら帰る奴もいた。
 「はいみんな静かに」
 やけに落ち着いていると思ったら、担任も怪物になっていた。
 「出席をとります」
 パン
 乾いた音が突然響いて、教師の化け物が倒れ、その体から緑色の液体があたりに広がった。
 銃声だ。流れたのはたぶん血なんだろう。
 パン、パン
 続いて二、三発の銃声の後に、二、三人の怪物が倒れた。
 パニックになった。
 怪物たちは右往左往して、悲鳴をあげた。
 「落ち着け!」
 迷彩服の男が、いつの間にか教壇に立っていた。その後ろに銃を構えた数人の兵隊が怪物を狙っている。
 「自衛隊だ。怪物に変身したものは速やかに廊下に並べ。変身していないものは席について待機。以上。」


 怪物たちが出て行った後、教室はしんとしていた。
 昨日までクラスメイトだった連中が、自衛隊に連れてかれた。しかも、目の前には怪物になっていたとはいえ担任と3人の生徒の死体が転がっている。
 僕はそいつらに興味はなかったけど、やはり気分のいいものではない。
 誰も口を開こうとはしなかった。
 学年主任の教師が入ってきて、体育館につれていかれた。
 体育館には、自衛隊のトラックが横付けにされ、中からさまざまな機器が運び込まれていた。
 「今から、緊急の健康診断を始める。」
 並ばされ、検査を受けた。
 あちこちに銃を持った自衛官がいて、落ち着かなかった。
 ひとつ検査が終わるごとに数人が隔離され、連れて行かれた。
 繰り返していくうちに、最後には僕一人だけが残った。
 「この子からは以上は感知されません」
 白衣を着た男が、迷彩服の男に告げた。
 迷彩の男が僕をにらんだ。
 まただ。
 何か特別なものを見る目。この手の視線にはうんざりだ。
 「君は、どうやら怪物にはならないようだ。何か心当たりはないかな」
 ふざけるな、怪物になるほうが異常だって言うのに、正常な人間に心当たりなんかあるわけないだろ。
 「まぁ、いい。これを持って行きなさい。自分の身は自分で守れ。もしかしたら君は救世主になれるかもしれない。」
 「は?」

 自衛官から黒いショルダーバックを渡された後、僕は体育館から放り出された。
 腑に落ちなかったが、すでに校門には銃を持った兵隊がいて、早く立ち去れと言わんばかりだった。
 しかたなく帰ることにした。
 堤防で、木下の事を思い出した。
 あいつ今頃、政府の研究所か何かで解剖でもされてるのかな。
 今となってはどうでもいいことだった。
 クラスメイトが全員連れて行かれたって事は、明日から学校に行く必要も無い。
 あの嫌な視線に苛立つ事はもうない。
 ドーン!
 急に背後で爆発が起きた。
 振り返ると体育館から火があがっていた。
 なんなんだ一体
 引き返そうとした僕の前に、一体の怪物が現れた。
 「木下!」
 「真嶋・・・うぅ・・・」
 木下は傷ついていた。触手はちぎれかかり、裂けた口から緑の血が流れ出ている。
 「どうしたんだよ、自衛隊にやられたのか?」
 「・・・・もうだめなんだよ・・・俺は」
 木下はよろよろ近づいてくる。
 僕は思わず距離をとっていた。
 「人間じゃなくなっていくんだよね・・・徐々に・・・」
 怪物の木下はじっとこちらをみている。
 気味が悪い。改めてそう思った。っていうかこいつは僕を襲おうとしているんじゃないか?
 「言ってる意味がわからないんだけど」
 「いいよ、わかんなくても・・・・うぅ・・」
 やばい。絶対狙われてる。化け物が人を襲う、自然な事だ。
 「がぁ!」
 案の定、木下は飛び掛ってきた。
 僕は転がりながらも間一髪でかわすことができた。
 「おい、木下落ち着けって。」
 「うぐぐぐ・・・」
 だめだ。完全におかしくなってる。まぁ化け物だからしかたないが・・・
 不意に、自衛官の言葉を思い出した。
 「自分の身は自分で守れ」
 ショルダーバックだ。きっとなにか武器がはいっている。
 僕は木下と向き合ったまま後ずさりながら、後ろ手でショルダーバックのチャックを開けた。
 カチッ
 何かが外れる音がした。
 突然背後から何かに包まれ、視界が真っ暗になった。
 なんだこれ!
 しかしすぐに、木下の姿が目の前に戻った。うっすら赤みがかっている。
 何だこれは・・・暗視スコープ?
 「うがっ!」
 木下がまた襲い掛かってきた。とっさに出した右手で、僕は木下の攻撃を防いだ。
 !・・アーマーがついてる・・・
 右手だけじゃない。僕の全身黒いアーマーが包んでいた。
 ショルダーバックか!
 たぶん自衛隊の最新スーツだ。バックに収納されていて、開くと装着する仕組みになっているんだ。
 「がるる!」
 予想外に攻撃を止められた木下は、怒って次の攻撃を仕掛けてきた。
 こいつ完全に化け物だ。
 僕はしゃがんでそれを交わし、反射的に腹部にある木下の顔面にパンチを入れた。
 戦える!
 格闘ゲームのキャラクターのようにスムーズに体が動く。
 なんだかわからないけど、それなら!
 僕は大きくジャンプした。自分の想像した以上に高く飛んだ。
 落下の力を利用してキック!
 バシッ!
 木下は吹っ飛んだ。
 「うがぁ・・・」
 とどめは・・・えぇっと
 自分の体を見回した。なにか武器は・・・あった。
 左手のアーマーから短剣が抜き出せた。
 よし、これで!
 木下が怒りにまかせて突っ込んでくる
 「食らえ!」
 僕は短剣を木下に向かって振り下ろした。
 木下の動きがとまる
 もう一度、今度は水平に剣を振る。
 木下の体は四つに分かれ、崩れ落ちた。
 「ふぅ・・・」
 あ、剣が伸びてる。なんかスゴイなこれ。
 もう一度全身を見回す。
 なんかこれって・・・ヒーローみたいだ。